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絶対無敵最強ロボ

 四方に広がる荒野の真ん中に二体の巨大人型ロボットが立っている。足の先から頭の角のてっぺんまできっかり三三、三三メートル。
 その巨大なシルエットは人というより巨大な城、鉄の城である。
 正式名称はDR-1とDR-2であるが、俗にブラックメイル一号、二号と呼ばれているのはその体表面が黒いからという単純な理由である。
 一号機にはメイデルが、二号機にはリンクが搭乗している。
「どうしてメイデルはパイロットになったんです?」
 茶色の髪をした青年リンクはパイロット用のヘルメットを脱ぎつつ通信回線を開いて僚機のパイロットであるメイデルに呼びかけた。
 球体のコクピット全面は映像スクリーンに覆われていて、実際に自身の目でみているのと寸分たがわない外の景色を映し出している。
 さらに球の中心にある操縦席から手近な宙空には浮きモニターが浮かんでいて、ロボットの操縦に必要な様々な情報が表示されている。空中に投影された映像体であり、基本的に操縦桿以外の機能はこれでまかなわれる。計器等で乱雑になりがちであった旧時代の戦闘機とはうってかわってスマートな内装は浮きモニターのおかげといっていい。
 しかし、しょせんは映像であるから、ただ触ろうとすればむなしく突き抜けるだけだ。専用の手袋をはめるか、指先へのナノマシン移植手術が必要になり、パイロットは後者の適用が義務付けられている。パイロットスーツの手袋部分には浮きモニターへのタッチ機能は備わっているものの、スーツを着る猶予もない不測の事態等を考えれば、それに対応するために必要な処置であった。
 呼びかけから間もなく、円盤状の浮きモニターがひとつ増えた。リンクはそれに手を伸ばし自身の正面にもってくる。モニターには女性の顔がうつっている。メイデルだ。彼女の美しい金色の髪はヘルメットのせいで見ることはできないが、黒いパイロットスーツに浮かび上がるボディラインは扇情的であった。黒いパイロットスーツは彼女専用であり、リンクは白いパイロットスーツを着ている。
「急にどうしたの?」
 ヘルメットのバイザーをあげて柔和な笑みを浮かべる姿は優しいお姉さんのようだ。実際リンクとは六つ離れていて彼はメイデルのことをよく慕っていた。
「理由を求められても困りますけど。強いて言うなら暇だから とか?」
 リンクの答えにメイデルは苦笑しつつ優しい視線を彼になげかけた。

 地球はかつてないほど荒廃していた。かつて大陸のあちこちは緑につつまれていたが今ではそれらは二パーセントほどしか残っておらず、赤色土の荒野と乾いた砂漠地帯がはてしなく広がっている。
 それでも人間の生命力というものは強靭なもので滅びることはなかった。
 それどころか人間もまたかつてないほどの繁栄をみせていた。
 その繁栄の理由は偏に科学の力と言っていいだろう。
 およそ六〇〇年前のことだ。「第三の夜明け」とも称される技術革新以降、人類の科学は飛躍的に進歩をとげた。
 それらの技術は生活を豊かにし幸福な時を人々にもたらした。が、それらの機械的な恩恵の代償により地球は現在の姿になった。森を失い、人以外の多くの動物が死に絶え、荒野と砂漠が広がった世界に変貌したのもその当時の技術が現在と比べれば未熟だったからだ。
 それでも人は、木々が行っていた酸素の生成は空気中にナノマシン(実際はそれ以下のサイズであるが慣例的にそう呼ばれている)を散布し、その役割を代行させた。
 オゾンの膜を失い降り注ぐ宇宙線は街を覆う戦闘機のキャノピーのような巨大なドーム状の天蓋にその役割を代行させた。正確に言えば天蓋の中に街を造り、そこで生活するようになったのだが。
 ドームでの生活が一般的になれば、それまで存在した国家はなくなりドーム単位の集団になっていった。世界には大小様々なドームが存在し、その総数は誰も把握していない。
 ほとんどの仕事は工業ロボットとアンドロイドに代行させることができるようになれば、暇を持て余した人々は娯楽に興じるか趣味で仕事をするか、とにかく自由だった。
 娯楽として爆発的に流行ったのがロボットアニメだった。技術の進歩により、それらの存在が現実的になっていたことが大きな要因といえるだろう。
 科学も極まり研究開発することがなくなった科学者たちはロマンに走った。子供の頃見たロボットアニメ。その実現だ。
 数多くの巨大ロボットが各地のドームで開発され、ブラックメイルもそのなかのひとつに過ぎない。
 男たちがロマンに走りだした頃、多くの議論が行われた。突き詰めて言えば強大な兵器と言える巨大ロボットは長らく平和であった世界に戦乱を呼ぶのではないか、という話だ。
 しかし、家があり服があり食料がある。それだけでなく住む場所を選べ、好きな服を着ることができ、貧富の差は無いに等しく、荒れ果てた大地に利権の絡む土地はなく、大小無数に存在するドームには同じ神を信仰する者だけのコミュニティがあり、国という概念がなくなればそこに帰属する誇りもなくなり戦争をする理由などどこにもなくなっていた。
 当初の不安は杞憂に終り、むしろ疎遠であったドーム間で巨大ロボットの競技会が開かれるなど良い面のほうが多かった。

「そうね。改めて考えてみるとやっぱり子供の頃見た『超者ゲッダムロボZVS宇宙怪獣』が原因かしらね」
 科学者がそうであるようにパイロットの多くもまたロマンに憧れ今に至るのだ。
「面白いんですか? 僕の時代じゃあちょっと古い作品って感じで見てないんです」
 リンクが言うとメイデルはからかうような口調で「私のこと、おばさんと思っているでしょう」と言うから彼を慌てさせた。
 六つも年が違えばやっている番組なんて様変わりするものだし、おばさんと言えなくもない年齢であることは確かであるが、そんなことは関係なくメイデルは魅力的な女性だった。落ち着いた雰囲気は若い彼に姉以上の憧れを抱かせる。
「私の家にビデオディスクがあるから作戦が終わったら一緒に見ましょう? いいでしょう、リンク」
 メイデルからの誘いの言葉は本来なら飛び上がるほど嬉しいもののはずであるが、途端にリンクの顔は曇ってしまった。
 しばらく押し黙った後、搾り出すように言葉を発した。
「帰れるんですか、僕たち」
 訳も無く彼らも荒野に突っ立っているわけではないのだ。南に三〇キロほど行った場所に彼らの住むニーヤーク・ドームが立っている。そこからわざわざこの場所にやってきたのには理由があった。

 なにもかもがうまくいき順風満帆に思えていた二年前。そんな人類のもとに突如として宇宙からの来訪者があらわれた。
 そもそも来訪者と呼ぶべきか来訪物と呼ぶべきか、そんな存在と邂逅していた。
 それはまるで隕石のように地球へ落ちてくる。しかし、墜落することはなく地面の寸前からバーニアのような噴射をみせ着陸するのだ。
 バーニアの火でまき上げられた粉塵の中から姿を表すのは三〇〇メートル級の超巨大ロボット。人類の持つロボットの実に一〇倍あるそれはまるで塔のようにそびえ立つのだ。
 スタイリッシュさのかけらもなく動力パイプやらがむき出しになった体は不気味な雰囲気を放っていた。
 初めての遭遇時、人類は絶望したという。人類科学は極まったものと信じていた彼らにそれ以上のものをみせつけたのだ。
 人類は未だに彼らが観測できる宇宙の中に彼ら以外の生命体を発見できずにいた。そうだというのに敵は地球人を観測し、それ以上の科学力を用いてロボットを送り込んできたのだ。
 絶望しないほうがおかしいというもの。
 各ドームは連携を取りそれぞれのもつ戦力の全てを用いて宇宙からの来訪者に挑んだ。
 が、それは人類が思い描いたほど強くはなかった。いや、むしろ弱いといえた。およそ体表面の六〇パーセントが弱点であり、そこに衝撃を受けると簡単に爆発を起こすのだった。
 弱い。弱いがこの爆発が問題であった。
 初めからこれが目的なのだと言わんばかりに半径一〇〇キロを飲み込む爆発を起こし、それだけではなく被爆エリアに空間断絶効果を起こし、不干渉領域を生成するのだ。文字通り手出しすることのできない空間である。その回復には一〇〇年以上かかると言われている。現在、地球には三〇数個の不干渉領域が存在し、ひとつの問題となっていた。
 あまりに脆いにもかかわらずこの宇宙からの来訪者RSMZによる被害者は数億人とも言われている。そのほとんどが爆発に巻き込まれたことが原因である。RSMZは狙いすましたようにドームの側に落ちてくるのだ。
 人類にできる唯一の対抗手段といえば落下してきたRSMZの気をひきながら被爆圏内にドームのない無人の荒野まで誘導し、そこで爆発させるという、ただそれだけである。
 そしてそれがリンクら防衛隊の仕事であった。

「男の子はこういう時、弱音をはかないものよ。特にロボット乗りの男の子はね」
 諭すようにメイデルは優しく言う。しかし、リンクは不安を拭えずにいる。
「リンク!」
 メイデルはとつぜん声を張り上げた。
「愛と勇気と努力と根性! それを信じる心こそ正義の証と知れ!」
 応えてリンクも声を張り上げる。
「たとえこの身が滅ぶとも! この想い誰に消せるものなのか!」
 リンクは自分の両頬を力いっぱい叩くと気合の声をあげた。
 今の言葉、パイロットの持つべき心、挟持である。
 愛と勇気と努力と根性。パイロットに不可欠な四要素。そしてその四つを信じる自分の心。この五つがあって初めてロボットに乗るに値する者になれるということである。
 そしてその資格を得たのならたとえ戦いの中にその身が朽ちようとも志は次の世代が受け継いで決して滅びることはないのだ。
 たしかにRSMZは弱い。しかし、誘導爆破の任務についた者の実に九割以上が死亡している。爆発に巻き込まれてのことだ。
 そうであるならリンクのように怯えてしまうのも無理ないことである。
 しかし〇ではない。可能性が一パーセント、それ以下だとしても〇でない限り可能性を信じて戦うのがロボット乗りなのだ。
「きたわね」
 一号機のレーダーが地球に侵入してくるRSMZを捉えた。

 未だに人類はRSMZに有効な対抗手段を見いだせてはいない。
 しかし、彼らは信じている。その方法があることを。
 だから決して人類は滅びはしない。
 愛と勇気と努力と根性、それを信じる心を失わない限り。

sage
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