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第三話

 装甲が触れ合うほどの距離を敵機と交差する。
 すれ違いざまに一発。これは外れた。空薬莢がモニタを横切ったがエイジはそんなことには気がつかない。
 素早く旋回してライフルを構える。が、しかし既に敵は正面スクリーンいっぱいに接近していた。
 装甲の隙間から回転して現れたブレードの刃が鈍く光った。思わずエイジの背中に汗が浮き出た。
 その白刃が目に飛び込んできた瞬間、右腕をあげていた。それは反射だ。
 敵の斬撃で肘から上をライフルごと持って行かれる。
「ちぃ!」
 ドウムの装甲を切り裂くその重みで繋ぎの動作が遅れた隙をついてヘッドバルカンで応戦。この距離でもたいしたダメージはない。しかし、牽制にはなった。
 バーニアを噴かせてエイジは後退する。
 ライフルを持った右腕で防御したのは彼の失策だった。トリガーに手をかけていた分、即応できたが主兵装を失ったのだ。
 左手を腰の裏のアタッチメントにはめられたリボルバーにのばす。いくら技術が進歩しようと排莢不良は起こりえるものだし、今のようにライフルを破壊される場合もある。そのための予備兵装だ。
 しかし有効射程は短いし、弾丸の数も六と心許ない。あいにく腰のポシェットにクイックローダーはなかった。
 敵機をスクリーンの正面にとらえてリボルバーを二射。しかし、エイジの予測を上回る機敏さをみせ、弾丸は虚空にきえた。
 腕のいいパイロットだと感心しつつ、もう一度、トリガーを弾く。敵機はジグザグに回避しながらエイジとの距離を詰める。
「あはっ!」
 楽しくてしょうがないといった声が漏れ聞こえる。それに多少の苛立を感じつつ、リボルバーを構える。照門と照星のラインを一直線に合わせて弾鉄をひこうとした瞬間だ。敵機の姿がエイジの視界から消えた。
「な!? ……下か!」
「もっらたよーん」
 気づいたときには既に手遅れだった。構えた右腕の視覚を利用して真下に滑り込んだ敵機は勝利の笑みを顔にたたえ、ブレードを下腹部から突き上げた。
 スクリーンがわれる。火花を散らし、ブラックアウトした。
 それから赤い文字でゲームオーバーとディスプレイに浮かんだ。
「かーっ! くっそ」
 エイジは思わず舌打ちをした。
 モニタに猫のアバターが現れる。青い毛艶のいい猫だ。
「アスカのおじさん、マナーわるいんじゃなーい」
 幼い少女の声で猫がしゃべった。言葉とは裏腹に非難するわけでもなく陽気な声で。
 DMバトラー。プレイヤーはドールマシンのパイロットとなって様々なミッションをこなしていく。そういうゲームだ。
 しかし、オフラインはおまけ程度でメインはオンライン対戦にある。実機に近い専用のコントローラーで本物のパイロット気分を味わえることと、まったくの素人が熟練者に勝つことはまずないというプレイヤーの腕の差が顕著にあらわれるシビアさで人気を博している。そういうリアル感はマニアに喜ばれる。
 エイジもプレイヤーの一人であり、アスカは彼のアバターの名前だ。ちなみに彼のアバターはソンブレロを被り、ポンチョを着たサボテンだ。
「あいかわらずお強いですな、ルー」
 猫が照れたようなモーションを行う。
 ルーはこの猫のアバターを使うプレイヤーの少女だ。もっとも声しか聞こえないわけだから、ボイスチェンジャーでも使っていなければの話だが。
 いいおっさんがこんな少女とゲーム友達なわけだ。彼がこのゲームを始めた頃からの友達であり、対戦数は軽く三桁はいくのだけれど、ルーに勝ったのは数えるほどしかなかった。
「でもでも、あたしといい勝負できるのなんてアスカくらいだよ」
 ルーの対戦ログが送られてくる。それを見ると彼女の言うとおりエイジとの対戦以外ではほぼ圧勝、瞬殺だった。
「てか、この二五五連勝って……」
「へっへーん。どう? すごいでしょお」
「子供は暇でいいなあ」
「あたしだって忙しいだから」
「そーかいそーかい」と返事をしようとして、エイジの声は電話の音にかき消された。
 彼は席を離れて、電話を取る。
「なんだ?」、「……今から?」、「わかった、わかったよ」、「ああ。行くよ」
 受話器を置くと、モニタの前に戻る。
「悪いな、ルー。急用だ」
「えー! まだやろうよお」
 つまらなそうに頬をふくらませる少女の姿を容易に想像できる声だった。
「おっさんになると断れないことがあるんだよ。俺だって休日にって思って……お前に愚痴っても な。今日は他の友達と遊んでるんだな」
 ルーは少し押し黙ると、溜めた声を一気に吐き出した。
「……バーカ!」
 ルーは一方的に回線を切って、落ちてしまった。
 エイジは髪の毛に手をつっこんで、軽くかきむしる。ため息をついて、部屋を後にした。

sage
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