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第四話

 軍中央部。将官をはじめとするお偉方が居をかまえる建物がある。その一室のドアの前。
 エイジはノックすると返事を待たずに中に入った。
 ふてくされた子供のような顔で部屋の中に入ってきたエイジを見て、ベルクマンは微かに笑った。
 ホイット・ベルクマン。階級は中将。見た目は五〇から六〇と言うところか。老い始めたという感じはなく、むしろ生気の漂ってくる男だ。
 ハーフの男であるが、それが昇進に差し支えるということはなかった。それは国という概念が旧日本で言うなら、群馬で生まれたとか、富山で生まれた程度の意味しか持たないからだった。
 エイジはベルクマンの横に立つ補佐官を見やると、
「まーた太ったんじゃないか、ベルクマン」
 と軽口を言った。
 補佐官はエイジが自分をからかっているというのがわかるからこそ、身を乗り出して、言葉遣いを正すように言おうとする。が、それをベルクマンが手で制した。
 補佐官と中将が二三言葉を交わすと、補佐官はしぶしぶと退室した。その姿を嫌な笑いでエイジが見送る。
 ベルクマンの座る場所が部屋の奥とすると、中央からやや手前よりの場所にソファとテーブルが置かれている。
 いかにも高そうな艶のある黒革のソファだ。エイジはそれに浅く腰掛けると、背もたれに埋もれた。足の低いガラステーブルの上で足を組み、ふてぶてしい。大尉が中将に対する姿ではなかった。
 しかし、ベルクマンは何も言わない。それどころか笑っていた。
「あまりあれをからかうなよ。規律には厳しいのだ」
「自分の部下に敬語を使えと?」
 奇妙な話ではあるがベルクマンが乳臭さをまき散らしているとき、エイジは彼の上官だった。
「今は違うさ」
 ベルクマンが言う。エイジはそれ無視して言う。
「で、何のようなんだ。こちとら、たまの休みなんだがな」
「嫌そうな顔をするなよ。たまに旧交を温めてもバチは当たらんだろう」
 エイジは鼻で笑い飛ばす。
「知ってたか? 俺はお前が嫌いだって」
「知っているか? 俺はそんなお前が好きなんだ」
 ぞっと肌にあわがたつのを感じた。当然、他意はなく、おべっかを使うものだけでは困るということだ。偉くなればそういうものばかり寄ってくるのにベルクマンは飽き飽きしていた。
 エイジは肩をすくめてみせる。
「こっちは女を泣かしてきてんだ。さぞかしうまいもん食わせてもらえるんだろうな?」
 この女は言うまでもなく、ルーのことだし、ふてくされて泣いていたというのも事実だ。
 当然、ベルクマンは勘違いをして、浮いた話を聞かないエイジにもとうとうかと嬉しがった。が、祝のために高い席を設けさせようというエイジの魂胆でしかなかった。
「何で来た?」
 ベルクマンが訊くと車だと答えた。
 外に出て、前に停めてあったエイジの車を見て、ベルクマンは声を漏らす。
「ずいぶんと小さいのだな」
 前時代の大昔に発売されていたスバル○という軽自動車のレプリカだ。フォルムを見て、一目で気に入ったエイジは本物が欲しかったわけだが、コロニーで排気を出す乗り物というわけにもいかないので、エレキタイプのレプリカを購入したというわけだ。
「何人乗りだ?」
「四人だろ」
 ベルクマンはまた目を丸くするしかなかった。この小さな車に四人も乗れることは驚きでしかない。


 言われたとおりに車を走らせたエイジは店の前に立つと、今度は先ほどとは逆に驚くことになった。
「地球の店じゃないか」
 というのも、地球に本店を置く店というのは格式のあることとされているからだった。
 ベルクマンは豪快に笑うと、エイジの肩を叩いて店の中に入っていった。
 慣れたように個室に案内される。
嫌味たらしくエイジが言う。
「いつもこんなところで食事をなされてるんで? 中将殿」
「こういう飯が食いたいのなら上にくればよかったろう」
 これまで何度か昇進の話があったわけだが、ことごとく断ってきたのはエイジ本人だった。
「お前のように御老人の機嫌伺いを俺にもしろと?」
「そういう性格ではないのはわかるが」
「ドールに乗らない俺など、もはや別人ということだ と思いたい」
 飾られた彼にはよくわからない装飾品を、こんなのでも高いのだろうな、と考えながらエイジは答えた。
 足を引っ張り合いながら利権を争うというのは性に合わないということは本人が一番理解している。それに前線を離れたくないというのもある。エイジはマシンドールに乗るのが好きなのだ。よくもわるくも兵隊でしかないということだ。
 エイジはちらりと中将を見やる。
「それに前線で使える手駒がないと困るのはお前だろう」
「隊長が自分の命令を訊くと?」
 ベルクマンは冗談を言う。それをエイジは睨みつける。水面下で進めていることがあるのだが、その大事な話をしているときに茶化されればエイジといえど怒るのはとうぜんだった。
だからベルクマンは真面目な顔をして言う。
「まだそういう時期ではないからな。お前が退役する前に準備が整えばいいのだが」
「そうでなくては困るな」
 ベルクマンは微妙な顔をするしかなかった。上にきて手を貸して欲しいというのも本音である。一人ではできることが限られてしまうから。
 しかし、現場に信頼のおける駒がないというのも困る。結局は人材が足らず、息をつくしかなかった。
 そうこうしているうちに料理が運ばれてくる。皿に盛り付けられた色とりどりの料理は豪華としか言いようがなく、香ばしい臭いは食欲を誘った。
 見たこともない『レベル』の料理を目の前にして、エイジは子供のように顔を輝かせる。男の独り身の食レベルなど想像に難くないだろう。どれから箸をつけようかと迷っていた。
 そんな様子を見て、ベルクマンは気が緩む。安心した。
 見守るような目をしているベルクマンに気づくと、エイジは言った。
「子供と笑うのか」
 ベルクマンは首を横に振る。
「変わらないと思っただけです」
 自然と敬語になった。
 エイジはフンと鼻を鳴らし、よそを向いた。
「変わらない? そうか。変わらないかもな」
「相変わらずですから」
 箸を進めながら、話を続ける。
「最近は話を聞かないが、調子はどうなんです」
 SCNのランキングに名を連ねないことを言っている。
「聞かないならそうなんだろう」
 ほとんど撃墜がなく、ランキング圏外のいちばん外側にいることになる。部下の二人にも劣る撃墜数では致し方ないのだけれど。
「たしか一二〇くらいでしったっけ?」
「桁がひとつ違うぞ」
 撃墜数の話だ。
「黒い悪魔が三〇〇だのに、いくら先輩でもそれは」
「なんでそうなる? 相変わらず馬鹿なのか」
 エイジは桁を増やす馬鹿を箸で指差す。
「生涯 の話です」
「だから一二だろう」
「消失のあとの話でしょう、それは」
 何年か前に事故で情報管理局の記録が失われる事件があった。原因がわかっていないのだから事故とは言い切れないのだけれど。
 コロニーピーポーのパーソナルデータをはじめとした各種データがきれいさっぱりなくなってしまったのだ。
その一件で撃墜記録をリセットされてしまったパイロットも少なくない。エイジもまたその一人だった。
「あれ以来やる気を見せないで。現状を理解しているならわかるでしょう?」
 劣勢に立たされているポーラとしてはエースの一人でも欲しいのが現状だ。
「俺ばっかりが活躍してもしょうがないだろう。お前こそ理解が足らないじゃないのか」
「後輩を育てる?」
「そういうこともある」
 ベルクマンは箸置きに箸を置くと、腕を組んだ。そういうことをエイジが考えてくれることは嬉しいことではある。が、自分の頃はそんな風に優しくなかったことを思うと、『後輩』としては複雑な気持ちになったりもする。見た目に反して子どもっぽいのだ。
「お前が上昇気流に乗ったのもその頃からだったな。俺は落ちぶれ、お前は中将。嬉しくて涙がでるね」
「それを言うならペイズリーだってそうでしょう」
 二人の旧友であり、現在医局長を務めている男だ。
「あれはもともとできる子だった」
 ひき肉とニラとネギをこねて、大きめの海老をぶつ切りにして、小麦粉を薄く伸ばした生地に包んだ揚げ料理をエイジは口に放り込んだ。海老のプリプリとした食感がエイジは好きだった。
「そろそろ次の準備をしているんだろう? 上の人間は」
「そうですね。そろそろ『マキナ』のことも考えなくてはいけないですし」
「もうそんな時期か」
「マキナの影らしいのを見たという話があります」
「斥候というやつじゃないのか」
「だから当面はアトランティカということです」
 エイジは適当に頷く。目はお品書きに向いていた。
「ここエビチリないのか」
「そういう店ですか!?」
 ベルクマンを無視して、店員を呼ぶ。
「恥というものがないのですか!」
「恥で腹が膨れるか」
「食べ物ならあるでしょう」
 テーブルの上の皿を指差す。
「けれど、エビチリがない。好きだって知ってるだろう」
「うまいものを食わせろと言ったのはあなたです」
「エビチリよりうまいものがあるか!」
「だから庶民はっ」
 すると突然、ベルクマンが笑い出した。喧嘩腰に語調を強めていたエイジは、矛先を失って困惑するほかなかった。
 ベルクマンが急に笑い出したのは昔のことを思い出してからだった。
 それはベルクマンが初撃墜をマークした任務のあと、エイジがそれを口実に一杯席を設けたときのことだった。
 主役であるベルクマンを差し置いて、誰かが肉を食べたいと言うので彼らはステーキハウスに入った。
 店で一番高い肉を頼み、高い酒を水を飲むようにかっくらい、どんちゃん騒ぎをしていた。
 酔も頂点に達して、べろんべろんのエイジが急にエビチリが食べたいと騒ぎ出したのだった。もちろんそんなものはステーキハウスにあるわけがない。
 しかし、酔っぱらいにそんな理屈が通じるはずもなく、主役であるベルクマンが海老を買いに走らされ、買ってきたそれをエイジが店の厨房を無理やり借りてエビチリを作ったことがあった。
「やっぱり変わりませんね」
 ベルクマンは苦笑する。
「いいや、変わったね」
 エイジは自信たっぷりに言う。
「あのときは酔ってた。今はシラフだ」
 質が悪くなっただけだった。

sage
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