ヘータの入学式
5 入学式。始業式。終業式。開会式。閉会式。卒業式。方程式。計算式。 式って名のつくもののほとんどはつまらねえ。どうしてってくらいつまらねえ。 先生方はともかくとして外部から呼んできたよくわんない肩書きの大人たちの微塵も心のこもっていない形式的な祝辞を長々と聞かなきゃならないんだものな。 だいたい入学してきた俺たちのことを祝福してくれるってんならもう少し時間を短くするか、それを忘れるくらい楽しませてくれたっていいんでないの、といつも思う。 市長だのPTA会長だのがささっと前に出てきてコントの一つでも披露してくれればそれがどんなに寒くたって俺は腹を抱えて笑い倒れる自信があるっていうのに、そんな面白いことをしてくれる人は一人だっていやしない。 千和とアキラはいいよな。「う」と「か」で比較的、名前の順に並べば近い位置になるから。今だってほら、視線を前にやればなにやら楽しそうに話してるふたりが俺の視界にドーンときてガシャーンと。 べ、別に千和が俺以外の男と楽しそうに話してるのが気に食わないとか! そういうわけじゃないんだからねっ! なーんてひとりツンデレごっこをしたってまるで面白くない。 いっそのこと千和――別にアキラでもいいんだけど――に恋心でもいだいていりゃあ、ふたりの楽しそうな姿に嫉妬心をメラメラ、ゴウゴウと燃やして、ポケットの中のハンカチをねじ切っている間に入学式が終わりそうだからそれもいいかなあ、なんて馬鹿な事を考えてみる。 暇すぎると人間、馬鹿になるというけどたしかにそうだなあ、と。もともとだろとかいう野暮なツッコミはなしで。 だいたいむこうは友達同士近くだっていうのに、俺なんて右、メガネ、左もメガネ。前もメガネなら後ろのやつまでメガネっつー死のメガネスクエア領域のど真ん中にいるわけで。 別にメガネ差別主義者ではないことを身の安全のためにここで明言しておく。 だからかけたけりゃあつるありのメガネだろうと鼻メガネだろうと単眼だろうとパーティーの用のおもしろメガネだろうと好きにしてくれ。 だけど、俺の四方を囲むのは「お前ら兄妹か!」とツッコみたくなるような似たものメガネメン、アンド、ウーメン。 いまどきそりゃあないだろっていう黒光りするフレームに分厚いレンズはお揃いであつらえたんですか? って尋ねたくなる。 髪型だってそろいもそろって顎のラインにそって切り揃えられ、前髪はピシャンと一直線。 もしこいつらが四つ子じゃないんならクライストの大復活以上の奇跡を目の当たりにしているって言ったってなんら大げさじゃないだろうって断言できるね。 しかも、こいつら式が始まってからこっち微動だにしない。 退屈そうにあくびをすることはもちろん、髪をいじくったり、顔を動かしてあたりを見ることだってしない。 とてもじゃないが俺にはこんなやつらに話しかける勇気はない。楽しくおしゃべりなんて絶対してくれないタイプだものな。 そんな風に退屈を持て余している俺の耳に聞きなれた――と言えば嘘だけど、それでも知ってる名前が飛び込んできた。 『新入生代表挨拶、鏑木アキラ』 一言だってそんなこと言っていなかったくせに、あいつめ。 でも、これであいつのうぬぼれの理由も納得いくってもんだ。なんでってそりゃあ、代表挨拶は毎年、首席合格者がやる決まりになっているからだ。 『鏑木アキラ』 も一度アキラの名前が呼ばれた。 壇上のほうばっか目をやっていたから気づかなかったけど、アキラに視線をやれば今の今まで知らなかったとでもいうふうにあわてていた。つってもあわてているのは千和のほうだけなんだけど。 三度名前を呼ばれて、とうとう教師が連れ出しにやってきていた。 これは面白くなりそうだ。 さっきまでの退屈なんてきれいさっぱり吹き飛んでいた。