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アキラちゃんは無知

3
「なんと言ってもマスターよ! マスター!」
 自分で自分の声がはずんでいるのがわかった。
 だって嬉しいんですもの、仕方ないじゃない。
 今朝しりあったばかりの鏑木アキラちゃんはホントになんで!? ってくらいなんにも知らない子だ。
 おうちの事情なのかアキラちゃんの意思なのかはわからないけどずっとおばあさまとふたり暮らしをしていて学校には通ってなかったってお話だから仕方ない面もあるんだろうけど、それでも知らなすぎるよ!
 だって、だってよ? 普通はさ、自分が通うことになる学校のことってあれこれ調べるものでしょう?
 私なんか幼稚舎からこの学園に通っているけど、それでも春休みの間は高等部のことについていろいろ調べたもの。
 なのにアキラちゃんったら入学案内にすらほとんど目を通さなかったんですって。驚いちゃう。
 だからホントは他に行きたい学校があったのか訊いても、ここしか受けてないって言うの。
 ということはたくさんある学校の中からウチを選んでそれで受験したってことでしょう。
なのにそれを訊くとあいまいに首を傾げちゃってりして男の子なのに妙にかわいいじゃない。 じゃなくて! はぐらかすの。
 そりゃあ持ち前の明るさ(人によっては図々しさなんて失礼なこと言うけれど)でアキラちゃんとお友達になったのは今朝のことだからなんでもかんでも話してとは言わないけど、そんなことくらい話をしてもいいと思うんだけど。
「それでそのマスターってのは?」
 少し仏頂面になっていたのかアキラちゃんは機嫌をうかがうよう言ってきた。
「師弟制度っていうのかしら。ウチの学園て縦の繋がりが強いから先輩が後輩を指導するのが当然、当たり前のことだって認識されてるのよ」
 学園の由来も関係してのことだけれどあんまり話しても頭に入らないだろうし、なにより時間がかかっちゃうから簡単に説明することにした。
「三年生は二年生を。二年生は一年生を。制服の着こなしにはじまって魔導のことに至るまでいろんなことを教えてくださるわ」
 そういう習慣が代々受け継がれてきた。とってもいいことだと思う。
 同級生ならいくらでも仲良くなりようがあるけれど上級生となるとなかなかね。
 だから些細なことでもお話しするきっかけがつかめるっていうのは嬉しいことだわ。
 だっていうのにアキラちゃんはピンとこないという顔をしていた。
「それでね。ひとりの先輩がひとりの後輩と師弟関係を結んで特別に指導してくださるのよ!」
「師弟関係ねえ」
「固い言葉を使うと師弟の盟約なんて言ったりもするけどそんなに身構えることではないわ」
アキラちゃんはあまり興味がなさそう。むしろ、嫌そうな顔をしていた。
「師弟っていうとちょっとあれだけれど、なんていうかなぁ。フランクっていうか家族的な付き合い。そう! 兄弟姉妹に近いものだわ!」
 想像するためかアキラちゃんは目を閉じた。少しして。
「それって俺とおばあちゃんみたいな関係?」
 彼とおばあさまがどんな関係なのかわからないけど、彼がおばあさまの名前を口に出すときけして悪い顔をしないからおそらくそうだろうと思って私がうなずくと、とたんに渋い顔をした。
「おばあちゃんがふたりっていうのは遠慮願いたいな」
「嫌いなの?」
「大好きだよ」
さらっと恥ずかしげもなく言うものだから、自分に言われたわけじゃないってわかっていても思わず顔が熱くなっちゃう。
 でも、好きならいいと思うのだけれど。
「うーん。なんていうのかなあ。普段はすごく優しいんだけど……まあ、会ってみればわかるよ」
 と、言葉を濁した。
「それって絶対のことなの?」
「どうしてもってわけじゃないけど、お姉さまはいたほうがいいと思うの」
自分のことになぞらえてついついお姉さまなんて言ってしまったけれど、男の先輩もいるわけ だからアキラちゃんのマスターがお姉さまになるとは限らないのだ。
 アキラちゃんは胸をなで下ろして笑った。
「絶対じゃないならたいへんそうだし俺はいいや。本当のおばあちゃんならともかくたかだか一年くらいのおばあちゃんじゃあ仕方ないでしょ」
 なんて大それたことを言う。
 だってひとつしか歳の変わらない人になんか教わることはないって言っているのだもの。
 とても校門の前で泣きべそをかいていた男の子と同じ人間が言う言葉とは思えないわ。
「うぬぼれかな?」
「うぬぼれよ!」
と、声を大にして主張した。
 そのあともどんなにいいことかということを一生懸命説明しても響かないみたいで首を縦には振らなかった。
 そのうちに教室はいっぱいになっていた。


sage
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