クラス分けなり
2 下足箱の前。ガラスの引き戸に貼り出されたクラス表をはしから順に見ていく三人。 チワが途中で立ち止まった。それから俺とヘータの肩を掴んで、 「もし別々のクラスでも仲良くしようね」 と、真剣な顔で言った。 さらに今度はチワとヘータのふたりで俺の肩を掴む。 「わたし『おれ』がいるからもう寂しい三年間なんか過ごさせないんだから『な』ね」 なんて言う。 人の説明を聞いていたのだろうか。 正直、ふたりがどうしてこんなに真剣なのかわからなかったがなんとなく嬉しくはあった。 クラス表とのにらめっこに戻って、すぐにまたチワが声をあげた。 「あ!」 「あ?」 「あった!」 どうやらチワの名前が見つかったらしい。 彼女はいきなりくるっと後ろを向いた。 どうしたのかと思って覗き込むと、胸の前で指を交互に組んで祈るようなポーズをとっていた。 「どうした?」 「恐ろしくて続きなんか見れないわ」 そう言うチワの声はかすかに震えていた。 ヘータは小馬鹿にするように笑う。 「クラス分けくらいでさあ。さっき自分で言ってただろに。小心者なんだから、お前は」 ふたりのやりとりをほおっておいてチワの名前の載っているところから順に自分の名前を探す。 内海の「う」の次に載っているのは鏑木の「か」だからだ。 「お」までくると自分の心臓がドキドキ言っているのがわかった。チワが祈りたくなる気持ちがなんとなく理解できた。 「お」から始まる苗字が終わった。 そして。 「あ」 バッとチワが振り向く。 「なに? なんなの? ないの? ないのね?」 制服の袖にすがりついてチワがしきりに訊いてくる。 どうしてネガティブなほうで訊くのだろうか。そんなに別のクラスのほうがいいのだろうか。 まあ、チワの表情を見ればそうじゃないとわかるからいいのだけれど。 口を開いて結果を伝えようとするとチワは耳を塞いでしまった。 「いや! 聞きたくないわ。せっかくお友達になれたのにもう離れ離れだなんて運命の神様は私のことが嫌いなのよ。ひどいわ」 まだ何も言っていないのにチワはひとりで暴走していた。 ひとつ息をつく。 耳を塞いでいるチワの手をとってひっぺがす。 「なにするのよ!」 頭を、腕を、体中を激しく動かして暴れるチワ。だだっ子だった。 「あったよ。俺の名前、あったよ」 ちいさな子供に言い聞かせるように優しく言ってあげる。 顔をあげたチワは少し涙目だった。 「ほんとう?」 名簿の自分の名前のところを指さして頷く。 チワは鏑木アキラと書かれたところを何度も何度も確認して、それでパッと花が咲いたような笑顔になった。 しかもこんなことを言うのだ。 「私、わかっていたの。だって校門で出会った時からこれは運命の神ヤーンのお導きだって。だからぜんぜんまるでまったくもって心配なんかこれっぽっちもしていなかったわ」 どの口がこんなことを言うのかとあきれた目で彼女を見ていると、チワは手のひらをつきだして何も言わないで、と制した。 「わかってるの。こういう時、悪いほう悪いほうに考えてしまうのは私のいけない癖だってことくらい。だって人ってそういうものでしょう? だから今はなにも言わないで同じクラスになれた幸せをわかちあいましょ」 くるくると表情の変わるチワは子供みたいでかわいいと思ったが怒りそうなので黙っていた。 一方、ヘータはというと。 さっきまでカラカラと笑っていたくせに俺とチワが同じクラスだとわかるととたんにあわてだした。 さっきのお返しとばかりにチワが攻めたてる。 「あら、残念ね。兵太だけ違うクラスなんて。日頃の行いが悪いからヤーンも試練をお与えになったのよ」 そんな言葉も耳に入っていないようでヘータはぶつぶつと独り言を自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。 「幼稚舎からこっち十二年。千和と別のクラスだったのは一度だってなかったんだ。だったら今度だって」 毎年クラス替えがあるのかは知らないが、ずっと一緒だったっていうのは結構な確率なんじゃないだろうか。 とうぜん同じクラスになるより別のクラスになるほうが高い確率なんだから今年がその年だってなんらおかしくなかった。 「お前、やなこと言うなあ」 そうは言いながら、チワのように逃げることなくヘータは自分で名簿を確認しだした。 さ行を飛ばして、た行の頭から順に指さして見ていく。 スススっと名前をなぞっていくヘータの指先が「ち」に入る。ヘータがごくりと唾を飲み込むのを見逃さなかった。 そして。 とうとう「つ」に入ってしまった。 「ない。ない! ない!!」 「ち」から始まる名前に「長野兵太」の名前はなかった。 からかっていたチワの顔だってそれを知った瞬間に曇った。あんなことを言っていたって別のクラスになりたいわけじゃあない。 ずっと一緒だったからこそあんなことも言えたのだ。 チワはなんて言葉をかけたらいいのか迷っている様子で手をヘータの肩に伸ばしたり戻したりしている。 「は、はは。まあ、最初に言った通りさ、別のクラスでも仲良くやろうぜ。な?」 とてもいたたまれなくてもう一度、名簿を確認する。上から下まで全部。 「あ」 ひとつの名前を見つけて俺は声を漏らしていた。 瞬間、ふたりはズイと身を寄せてくる。 「これ、そうなんじゃない?」 その名前は「な」から始まる名前のところにあった。 「ちょっと確認してくる!」 言うより速く駆け出していたのはヘータではなくチワだった。 彼女の帰りを待つ間、俺とヘータは落ち着きなく歩き回っていた。 駆け足、というよりスキップで戻ってくるチワを見つけて、俺たちは答えを聞く前に抱き合って喜んでいた。 だってもう聞かなくてもわかるくらいにチワからは幸せのオーラがでていたんだから。 「チョーノ」も「ナガノ」も漢字で書けば同じ「長野」。 そういうわけで間違えたらしい。 「やっぱり運命だったのね」 それはもう嬉しそうにチワが言った。