下足箱まで
1 校門から下足箱までの長い道のりの間にふたりは親切にいろいろと教えてくれた。 門の前で足踏みしていた理由に得心したようでこう言った。 「そう。それじゃあやっぱり高等部からの編入組なのね。大変だったでしょう?」 内海さんの言うところの大変という意味がわからず首を傾げているともう少し詳しく言いましょうか、と言ってくれた。 「私たちは幼稚舎から学園に通っているから簡単なテストで進学できたけど、外部から入ってくるにはかなり難しい試験をクリアしなきゃいけないって」 幼稚舎、初等部、中等部、高等部、大学と全部そろったこの学園。エスカレーター式をうたっているだけあって一度試験をクリアして関係者になればそれこそリヤーの慈悲の如き愛情で、いかに成績が悪かろうと除籍ということはなく、補習や課題ですませてくれるらしい。 けれどそのリヤーの慈悲を受けるためには難関試験という洗礼を通過しなければならないということだ。 しかし長野くんはかなり渋い顔をしている。 「リヤーの慈悲なもんか! あれは悪神だね。春休み中ずっと学校に通うってことがどんなにつらいことか」 どうやら彼はかなり成績の悪い生徒の一人だったらしい。 「内海さんはどうだったの? 仲がよさそうだし一緒に通い?」 と、訊いたけれど彼女は返事をしなかった。まあ、あまり聞かれたくないことだもんな。 無言を肯定と受けとった俺はほかにも学園独自の文化的なものがないか、長野くんに話題をふる。 しかし、同じく返事をしない。 「どうかした?」 と訊くとふたりはまたも声を揃えて言うのだ。 「どうしたじゃないでしょ! さっきから黙ってれば内海さんだの長野くんだの。こっちばかりアキラちゃん、なんて呼んで馬鹿みたいじゃないの」 長野くんもそうだそうだと頷いている。 試験のことや敷地内にあるあれこれ、中等部の時の逸話なんかいろいろと話しているあいだふたりはさっき宣言したように俺のことを内海さんはアキラちゃん、長野くんはアキラと呼んでいた。 俺の方はというと御存知の通り内海さん、長野さんである。 彼らはどういうわけかそのことを怒っていた。 確かにこう呼んでとは言われたが、ふたりだって好きに呼んでいるのだからこっちだって好きに呼んでもいい気がするのだ。 はたと気づいて言ってみる。 「あ! あだ名で呼び合うのも学園の決まりごとだったりするの?」 別に冗談を言ったつもりはない。真面目に訊いたわけだが、ふたりは顔を見合わせてため息をついた。 「そういうわけじゃないけど。だけど名前やあだ名で呼び合ったほうが親しみがわくでしょう? 私たちはもう友達だと思っているからそうしているのにアキラちゃんはそうじゃないわけ?」 怒ったような、しかし悲しそうでもある内海さんを見ていると謝るしかなかった。 「ごめん」 ずっとおばあちゃんと二人暮しだった俺には友達という感覚がよくわかっていなかった。 隠していても仕方がないので言ってしまえば学校というのに通うのもこれがはじめてだった。 俺の世界は俺とおばあちゃんとのふたりきりで構成されていたから、とうぜん友達なんてものはいない。こうして同年代の子どもと触れ合うのだってほとんどはじめてだ。 校門の前で足踏みしていたのだって豪華すぎる門扉におじけづいていたわけじゃなく、新しい世界に足を踏み入れるのに躊躇していたのだ。これはカッコ悪いのでふたりには言わなかったけど。 「そうなの。アキラちゃんの気持ちもわかった。でもね、謝ってほしくないわ」 「そうそう。俺たちを喜ばす方法は謝るんじゃなくてもっとほかの方法があるでしょう」 それが催促だってのはわかるから俺は少し照れながらも言ってみた。 「チワ。兵太。これからよろしく」 ふたりは満面の笑顔をかえしてくれた。