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第一話

 東の大国と言われるイースランド。イースランド城で今、勇者が旅立とうとしていた。
 イース城謁見の間。縁に金色の刺繍のある赤い絨毯が王座まで続いている。部屋のほぼ中央に一人の男が跪いている。彼こそがこの度勇者認定された男だ。
 彼から一段高い位置にいる白い口ひげをはやしたふくよかな男はこの国の王である。王の座るきらびやかな椅子から肉がこぼれている。一度座ったら立ち上がれるのか心配になる。
 王が軽く手を鳴らすと、側近の者が勇者に布袋と剣を手渡した。勇者はそれをうやうやしく受け取る。それから面をあげて、王に問う。
「これは?」
 王は口ひげを人差し指と親指でつまみ、梳っている。代わりに大臣が答えた。
「旅の餞別である。五〇〇ゴールドと銅の剣だ」
 勇者は少しの間を置いてから言った。
「無礼を承知のうえで申し上げさせてもらいます」
 王は興味深そうに眉を動かした。
「大国、イースランドの賢王たるかたが魔王討伐の餞別が五〇〇ゴールドというのはあんまりな仕打ちではないでしょうか。
 既に西の大国は魔の軍勢の手に落ちたと聞き及んでおります。と、なれば、私のこの旅は世界の命運を握っていると言っていいでしょう。それがこの餞別。子供のおつかいではないのですよ」
 大臣が無礼を諌めようと前へでるが、それを王が手で制した。勇者の言葉が続く。
「あなたのその貧乏性で幾人の勇者が散っていったか、ご存知ではないのですか。命を落とした勇者は全てあなたがたが祭り上げた者たちです。
あなたはその絢爛豪華な椅子に座し、魔王討伐の命をだすだけだ。勇者が死ねば、次の勇者をたて、本当の勇者が現れるのを待てばいいかも知れない。
しかしそれでは、死んでいった者たちが報われないではないですか」
我慢しかねた大臣が口をだす。
「民草が王にむかってなんたる言いようか!」
 しかし王は言う。
「いや、いいのだ。大臣。勇者の言うことはもっともなこと。民は魔物に苦しんでいるから、余の政策に強く抗議することはできない。それをいいことに余は」
 王は勇者を真っ直ぐに見据えた。
「して、余はどうすればいい?」
「三つ。三つ叶えていただきたいことがあります」
 と、勇者。
「一つめはこの旅の資金、一万倍にしてもらいましょう」
「五〇〇万ゴールド!? いくらなんでもそれは」
 そう言ったのは大臣だが、王も驚いた顔をしていた。しかし、勇者は涼しい顔をして言う。
「命を懸けるのですよ、これくらいは当然です。それに国庫にはその百倍が常にあると聞きます。いいではないですか」
 王は頷き、大臣に命じた。
「王様っ」
「二度は言わぬ」
 王は大臣を見なかった。
「賢明なお方です、王。そして次ですが」
「まだ国からたかろうというのですか、あなたは」
「おや、大臣。まだいらっしゃったのですか? 早く私の旅の資金をお願いしますよ」
 勇者は口の片端を持ち上げて笑った。
「貴様!」
「……大臣!」
「………」
 ゆっくりとためた王の声に大臣は仕方なく頷くと、金庫へ向かった。
「すまぬ。勇者よ。あれも国のことをおもっているのだ」
「それはわかります、王様。守るものと攻めるものでは立場が違いますから」
「うむ、それで次の願いとは?」
「その王の座」
 勇者が王を指差す。さすがの王も驚き、声をあげた。
 こともあろうか自分を王にしろと言ったのだ。
 が、正確には彼が指さしたのは王座の後ろの壁に飾られた短剣であった。
「の後ろに飾られた短剣を、是非に。聖なる力を宿し魔を討つとか」
「しかし、この剣は我が王族の血を継ぐものではなければ装備することはできんぞ」
 代々王家に受け継がれた聖なる短剣はその血を継ぐものにしか扱うことができないと言われている。しかし、いや、だからこそ勇者には考えがあった。
「ですから、三つ目。最後の願いがあります」
「王もご存知とは思いますが大陸五大魔導師というものがおります」
 言うまでもなく、この大陸でもっとも優れた魔導師五人を讃えた言葉である。そして、そのうちの一人。
「まさか!?」
「この国の姫はその五人の中でも最大の魔力を持つとききます。ですから、是非に姫の同行を願いたい」
「ならぬ! それはならぬ! 我が姫を魔王討伐に出すなど。よくそんな戯言がいえる!」
 当然、王は認めない。大事な自分の娘を魔王討伐などという危険な旅にだすわけがなかった。今までだした何人もの勇者が帰ってきていないことを考えればなおさらである。
 勇者は大きな息を吐いた。
「やはり王も大臣と同じなのですね。しょせん我ら民は雑草と変わらぬ、無数に存在する草。いくら狩ろうと、また生えてくる。高貴なる血の流れた王族とは違う、と」
「そうではない。が、親の気持というものを」
 王とはいっても一人の人間、一人の親。自分の娘は可愛いし、できることなら危険なことをさせたくないというのは当然の考え。
 しかし、それが王だけの考え方かといえばもちろんそうではない。この勇者は木の根の股から生まれてきたわけではなく、人の女の股から生まれてきたのだ。
「私に親がいないとでも? 王」
 と、王の弱いところにつけいる勇者。しかし、現在の勇者は一人暮らしである。だいぶ昔に生まれた村を飛び出しており、今日のことを彼の親が知るはずもなく、だから危険な旅にでる彼の行く末を悲しんでいるわけがなかった。知らないのだから悲しみようがない。
「王族だから戦わずともいう理由はありますまい。それとも、やはり王は王族と下賤の民では命の重みが違う、と。そうおっしゃりたいのですか?」
「ぐっ……」
 王は言い返す言葉を持たなかった。
 どこから現れたのか、どこから聞いていたのか、話題の当事者であるアナ姫が飛び出してきた。
 アナ姫は父親であるオウル・ルスキーダ王とはまるで似ていなかった。身にまとった白いドレスよりも白い肌、長い黒髪、黒い瞳。そのどれもが王国史最上の王妃と言われた母親に似ていた。
 その姫が言う。夢見る少女のような陶酔した目で。
「お父様! いえ、国王様! 勇者様の言うとおりですわ。私は感動いたしました」
「姫!?」
「私はこのお方についていきます。どうかお許し下さい」
 王はうなだれるしかなかった。王は娘の性格をしっているから。
「……仕方ない。おまえはいいだしたら聞かぬ娘だからな。勇者よ、どうか姫を頼むぞ」
「もちろんです、王」
 こうして勇者は強力(?)な仲間を得て、冒険の旅にでるのだった。
 

sage
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